畑のありんこ(47)

arinko47.JPGサツマイモを植えました。
今年はベニアズマ。
薩摩の芋で「サツマイモ」ではありますが、沖縄では「トーイモ(唐芋)」。
薩摩では「リューキューイモ(琉球芋)」。
作物の伝播の歴史がわかる命名になっています。
柳田國男の「方言周圏論」を思い出します。


…で、鹿児島県で全国の約4割を作っているらしい。
おお、サツマイモと名乗ってよろしい。
「栗よりうまい十三里」。
江戸時代は蒸しイモで売っていたようで、栗(くり…九里)に似た味ということで「八里半」という看板を掲げていたそうです。
それが「栗より(九里四里)うまい」というシャレで「十三里」に。これが評判で大ヒット。
また産地の埼玉県川越から江戸までが十三里あったためもあるとかで、まあ江戸っ子の好きそうな言葉遊びですね。
江戸時代は園芸の盛んだった時代だ。
当時の江戸は人口120万人で世界一を誇りました。(もちろん、江戸っ子は誇ってなかったと思うけど。)
文化度も高かったようです。
幕末には江戸の人口の7~8割が文字の読み書きができたといわれます。
産業革命が起きた当時のロンドンの識字率が2~3割程度ということですから、江戸が識字率ほぼ100%の武家が占める割合が高かったことを割り引いても、これはすごい。
参勤交代などで地方にも江戸の文化が伝わり、全国的に文化レベルが高くなったわけです。
そして平和な空気も後押しし、造園や鳥獣の飼育、俳句や川柳、浮世絵、草紙、そして芝居、寄席、歌舞伎に物見遊山に旅行と、好奇心にあふれた、色々な遊びを発展させた時代だといえます。
園芸愛好家も多く、武家のみならず農民、町人も園芸好き。
大体将軍家も初代家康から3代家光まで園芸好きだったというのですから筋金入りです。
園芸が投機の対象ともなっており、苗木の生産や育種技術も世界のトップレベルだったそうです。
ソメイヨシノの発祥の地。
朝顔市、ほおずき市。
今でもその名残は色濃く感じ取れます。
植物と対話するには心のゆとりが必要な気がする。
植物はしゃべらないから。
よく観察して、様子を見てやらないと訴えかけていることもわかりません。
これ、植物相手だけじゃないんですけどね…。
去年はとれたサツマイモを芋けんぴにしたりして食べました。
市販のものと食感も違って美味しかったなあ。
またやろう。
暑くなってきたので、さわやかそうな花を玄関に置いてみました。
(五日市教室A)
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